2008年10月7日火曜日

四面楚歌だったオバマ氏

 二回目の米大統領候補・テレビ討論会があった。
 途中から見たのだが,テレビをつけた瞬間に,おもわず目を疑ってしまったほどだった。
 司会者と聴衆の大半が,共和党支持者のようにみえたからだ。 おそらく実際にそうなのであろう。
 これは私だけなのかどうかわからないが,その人が共和党支持か民主党支持か,一目でわかってしまう。
 うまく言葉で表現しづらいが目をみればわかる。 聴衆には,そんな人ばかりだった気がした。 タウン・ホール形式の討論会で,候補者は聴衆の質問に答えるのだけど,私のみたかぎりほとんどの質問がマケイン氏の得意分野だったように思う。
 今回のはオバマ氏にとって厳しい討論会となったのではなかろうか。

 二人の話す内容は,どれも聞き飽きたようなものばかりで,だんだんうんざりしてきた。
 この討論会にどれだけの意義があるのか,よくわからない。
 それでも戦争ネタが多かっただけに,マケイン氏は質問者や聴衆に対して “My friend” などと呼びかけ,まるで水を得た魚のようだった。
 一方,オバマ氏にとっては,今回はちょっと苦しい討論会だったように思う。

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 <米大統領選>マケイン、オバマ両候補が第2回討論会  
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081008-00000021-mai-int

 
 2度目の候補者討論会、金融危機めぐり激しく応酬
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081008-00000017-yom-int

ジョン・マケイン氏の戦争観

 マケイン氏の演説でイラク戦争に話題が及ぶと, 『栄誉ある撤退 (Withdrawal with Honor)』 という言葉が必ず出てくる。 100年でも1000年でも勝つまでは軍隊を撤退させてはならない,兵が帰還するとき,それは 『栄誉ある撤退』 でなければならない,という。 オバマ氏の主張には,真っ向から対立している。

 Atlantic 誌にマケイン氏の戦争観に関する記事があったので,読んでみた。
 マケイン氏の家系はまさに軍人家系だ。 祖父は第二次世界大戦で,父はベトナム戦争で,いずれも提督 (Admiral) だったという。

 フォレスト・ガンプという映画で,ダン小隊長という人物が出てくるが,なんだかマケイン氏の境遇とよく似ているような気がする。 軍人家系の出てあり,両者ともにベトナム戦争で足に大怪我をする。
 ダン小隊長はフォレスト・ガンプが救出してしまうのだけど,撃墜されたマケイン小隊長は戦争捕虜となってしまう。 ここから二人の人生は大きく異なってゆく。 ダン小隊長は苦悩の末に実業家として成功する。 一方,マケイン氏は捕虜として五年間牢獄で過ごした末に釈放され,国家の英雄として称えられ迎えられる。

 ベトナム戦争では,アメリカは実に不名誉な形で戦争を終わらせている。
 転機となった 『テトの攻勢』 と呼ばれる激戦は明らかに北軍の暴挙であり,戦いとしては明らかに南軍とアメリカ軍の大勝利だった。 しかし米軍の犠牲者がわりと多かったことや,アメリカ大使館が占拠されたことなどネガティブな印象の方が伝わってしまい,アメリカ本国では全く逆の評価のされ方をした。
 メディアも世論も反戦一色になってしまった。 せめてあともう少しの時間があれば,南ベトナムは日本や韓国のような民主国家として完全に独立しえただろう,と言われる。 しかしマケイン氏の父のジョン・マケイン・Jr 提督は,あと一歩のところで当初の目的を達成するにいたらなかった。

 今のイラク戦争におけるマケイン氏の立場と,ベトナム戦争時のマケイン提督の立場は,酷似している。 イラク戦争でも戦略的には当初の目的を完遂しつつあり,イラクの民主化と国家の安定も目と鼻の先のところまで来ているのだそうだ。  戦争 に時間制限など設けてはならない。 目的が遂行されたときが,それが戦争を終えるときだ。 ここで撤退などというのは愚の骨頂だ,という。 今,イラク派兵が間違いでした,などと言って撤退してしまったら,ベトナム戦争の二の舞になってしまう。 内外における国家の威信は回復し得ないところまで失墜するであろう。 また,イラクはどうなるのか。 反動でおそらくこれまで以上に悲惨なことが起こるだろう。
 戦争は,始めた以上は辞めるのでなく何が何でも終わらせなくてはならない,というのがマケイン氏の主張するところだ。 父の轍は踏みたくないに違いない。
 

 マケイン氏の戦争観と は, 『ひとたび戦争を始めたからには,絶対に半端で終わらせるべきではない』 ということだ。 戦争を始めたからには絶対に勝たなくてはならないし,当 初の目的を達成するまでは絶対に辞めてはならない。 負け戦ならいざ知らず,勝ち戦を財政難だからといって途中で放棄してしまったときの損失は計り知れな いという。 つまり戦争とは,国益のために行う外交の一形態であり目的達成が第一であると考えているわけだ。 その為に多くの人が死ぬわけだが。

 世界の政治と軍事情勢の裏も表も見てきたマケイン氏にしてみれば,オバマ氏などはリクツでは正しいことを言うけれど何もわかっていない青二才にしか見えないのだろう。 マケイン氏のことを知れば知るほど,辛抱強く待ち続けた徳川家康のことを連想してしまう。 また,『戦の一文字を忘れるべからず』 と言った西郷隆盛氏のことをふと連想する。 いずれも外交と戦争というものの性質を知り尽くした人だ。 
 
 オバマ大統領なら 『話せばわかる』 的雰囲気があるが,マケイン氏には無い。
 世界の国々にしてみれば,オバマ大統領の方が歓迎されるに違いない。
 マケイン氏が大統領になると,アメリカはまた脅威の国となる。
 どちらがアメリカにとって国益なのかと考えると,難しい。


 日本では,マケイン氏が大統領になることを前提として,麻生氏が総理に就任した。 また,マケイン氏のバックには,ニクソンを中国に送ったキッシンジャー氏がいる。
 オバマ氏か,マケイン氏か。 どっちに決まったとしても,アメリカは今の危機を乗り切るんじゃないかという気がする。 世界に多大なダメージを与えて。


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<米大統領選>ミシガン州撤退にペイリン氏、不満あらわ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081006-00000019-mai-int

East of Eden (John Steinbeck)

 “The Grapes of Wrath” と並ぶスタインベックの代表作。 筆者の故郷であるカリフォルニアのサリナスを舞台に,人間が人間たる所以とは何か,愛と憎しみとは一体何かということを描いた長編。
 この長い物語を通じて筆者は,人間の自由な意思というものの大切さを伝えようとしていた。 人が長い人生の中で幾度か体験する “きらめきの瞬間” というのは,自由な心があってこそのものである。 この心のきらめきを抑圧したり,妨げようとするもの,あるいは自由な意思を潰したり,破壊したりしてしまうものは,それが国家であれ,宗教であれ,体制であれ,何であれ,断固として抵抗し闘うべきだ,と筆者は述べている。
 
 スタインベックの物語の多くにおいて,その
主題と平行して侮蔑感情だとか人種的偏見や差別というものが描かれている。
 この物語ではリーという中国人召使が登場するのだが,彼に対する白人達の発言の随所に,あからさまな差別意識がみられる。 人間というのはもともと差別をする生き物なのだ,と言いたげな何ともえげつない描写が,またいかにもスタインベックらしい。 もちろん,
世の中にはそういう先入観を抱かない人々もたくさんいる。
 筆者はリーを通じて人間を観察し,彼の口を介して筆者の視点や考えを代弁させているのだが,彼を使ってひとつの実験も行っている。 物語の序盤で,リーをコテコテの中国訛りで話す人として登場させ,読者にそれなりの先入観を与えようとしている。 そして物語を通じて先入観や偏見みたいなものをどんどん破壊してゆき,最後には仲良しになった白人の娘にリーを抱擁させ,頬に接吻までさせる演出をする。 このとき読者の中でどういう変化があるのかについては,自分が実際に偏見を抱く立場に立ってみないとわからないかもしれない。

 この小説の題名である 
『エデンの東』 というのは,旧約聖書でカインが罪を背負って彷徨い生きてゆく場所のことだ。 筆者はカインとアベルの物語こそが,ありとあらゆる人間ドラマの原点だと語っている。
 
創世記の第4章にて,カインは神を愛するあまり,神に贔屓されていた弟のアベルを嫉妬し,彼を殺してしまう。 このとき人間は 『愛』 と 『憎しみ』 という感情を初めて体験するのだが,まさにここから人間の歴史が始まると言ってもいい。
 カインが楽園から追放されるとき,ヘブライ語で書かれたオリジナルの聖書では神は 
“You may (~してよろしい)” という言葉を使うのだそうだ。 『~してもよい』 という言葉は命令ではなく,許可であり,意思を尊重して選択肢を与えんとする言葉だ。 つまり神はこのときに初めて人間の意思というものを尊重したことになる。 楽園を追放されたカインが自身の意思でもって罪を背負い彷徨いながら生きてゆくエデンの東・ノドの地とは,すなわち 『人が生きる世界』 ということなのだろう。 

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2008年10月1日水曜日

めっき剥げまくりのサラ・ペイリン副大統領候補

 サラ・ペイリン氏がインタビューされるようになってきて,あちこちでどんどん失態をさらしている。
 彼女がブッシュ政策がどういうものだか答えられなかった話はあまりに有名だ。
 また,彼女の外交経験に関する基盤は 『アラスカがロシアに近いから』 ということにあるんだそうだ。

 CBSによるインタビュー
 

 まるでしどろもどろだし,一体何が言いいたいんだかよくわからない。
 アラスカがロシア,カナダと国境を接している,などと自分で言い出しておきながら,論理が破綻して話が続けられなくなり,

 “Ah, I don't know. You know.”

 なんて言っている。
 愛敬はあるかもしれないが,あんまり頭脳明晰な人では無い。
 彼女の話には飛躍が多く,論理性が皆無であり,むしろ信仰に近い。
 まるで宗教に勧誘する人みたいである。
 
 インタビュアーの女性の方がはるかに副大統領に適しているように思う。


 共和党がペイリン氏を選んだときは, 『すごい人選だ!』 とか思った。
 しかし蓋をあけてみたら,マケイン候補にとって最大のお荷物でありブレーキになってしまったようだ。
 ちょっとマケイン氏が可哀想だ。

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 サタデーナイト・ライブで,ペイリン氏のパロディーがされていたが,結構笑えた。
 
 副大統領候補、美人コンテスト出場時のビデオを拝見
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080930-00000002-wvn-sci
 

2008年9月25日木曜日

出産女性に対する根強い偏見

 まるで出産したら体型がくずれるみたいなふうな考えが当たり前のようにまかり通っている。 あたかも出産することで女性らしい美しさが損なわれる,というような書き方が,公の記事で当たり前のようにされている。
 これらは明らかな女性に対する偏見である。

 私の知るかぎり,出産前に美しい体型だった人が子供を産んだがために体型がくずれた,なんて人はいない。 産後しばらくすれば元通りだ。 そりゃ,加齢による変化ぐらいはあるだろう。

 『篠原涼子,出産後も変わらぬ美脚を披露!』 だなんて書いてたりするけど,これは変だ。 なんで出産したら美脚が損なわれなくちゃならないんだろう。
 『出産』 と 『女性の美しさ』 とが互いに相反するものだという考え方そのものが既に偏見だと思う。


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 体型維持の秘訣は「赤ちゃん抱っこでスクワット」
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080925-00000005-oric-ent

 

2008年9月10日水曜日

質問に答えられないペイリン氏

 こないだのペイリン氏のスピーチが好評だった。

 確かに彼女のプレゼンにはインパクトがある。
 だけど,ああいうスピーチの内容そのものは別に本人が考えたわけではなく,ちゃんと台本を書く専属の人がいる。 それはオバマ氏だってそうだ。
 選挙戦に勝つためにプロが練りに練った内容なわけだから,スピーチの内容だけではその人がどういう考えをもった人なのかということはなかなか伝わってこない。 それに,スピーチなんて練習すればいくらでも上手くなる。
 むしろ,聴衆や記者団からの突っ込んだ質問に対して,どういう返答をするかで候補者の本当の意味での真価が問われる。

  オバマ氏やクリントン氏が移動中の飛行機の中で記者団からの質問に答えている映像は,よく目にした。 ひとつひとつの質問に対してちゃんと向き合って対応 し,自分の言葉でもって回答している。 それは民主党の副大統領候補のバイデン氏もそうだ。 そういうところに彼らの政治家としての実直さと誠実さが感じ られる。


 一方,ペイリン副大統領候補は,台本がないと質問に答えることが出来ないらしい。

 No questions, please; Palin sticks to her script
 http://www.forbes.com/feeds/ap/2008/09/09/ap5406235.html


 そういえば,彼女が聴衆や記者団と向き合って対話しているという姿は,あまりみたことがない。
 移動の飛行機内でも,彼女への政策等に関する質問は一切お断りなんだそうだ。
 彼女が質問を受け付けるのは,候補者としてもうちょっと落ち着いてからなのだそうだ。
 要するに,まだお勉強中ということか。

 彼女のスピーチの内容そのものも,アメリカ人の誇りだとか栄光だとか,戦争に勝つだとか,そっち方面のことばかりで,オバマ氏やクリントン氏のそれと比べると,はるかにレベルが低い。 彼女の言わんとすることは,日本の街角で軍歌を流しながら徘徊している黒ずくめの右翼団体と本質的に何ら違いは無いように思う。
 あるいはオバマはダメだとか言うだけで,政策に関して具体的なことは何一つ触れていない。
 アドリブも利かないらしく,聴衆が即興スピーチをせがんでも,にこにこ笑うだけなのだ。

 結局,サラ・ペイリン候補というのは,独自の哲学や政治手腕を評価されて選ばれたのでなく,単に選挙戦のマスコットとして選ばれたのだ。

 
 オバマ氏とクリントン氏の舌戦は,醜い面もあったけど,それなりにレベルが高かった。
 両者とも国家と政治に対する誠意で満ち溢れていたし,透明で爽快感のある両者の話しぶりには,私のような外国人にとっても心地良いものがあった。
 
 これでオバマ氏が負けたりしたら,アメリカにはきっとバチがあたる。
 ペイリン氏のおかげでマケイン氏が勝つことになれば,それは 『アメリカ人の大半は馬鹿である』 ということを世界に喧伝するようなもんだ。 

 
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 ちなみにペイリン氏は,マケイン氏に追随してアラスカ沖の海底油田の掘削を提唱している。
 それでもアラスカ州民はペイリン氏を支持するのだろうか。 
 馬鹿じゃなかろうか。 私には信じられない。

2008年9月5日金曜日

サラ・ペイリンと,ヒラリー・クリントン

- 2008/09/05(Fri) -
 マケイン氏が指名した副大統領候補のペイリン氏が全米で注目されている。
 とても美しい女性なので,私も注目してみた。
 “満塁ホームラン” と賞されたスピーチも聞いたりした。

 だけど,私は,あんまりこの人は好きではないらしい。
 スピーチはすごく上手だし,おしゃべりも得意なのだろうと思う。
 だけど,とにかく私はあんまりこの人は好きではないようだ。

 Palin slams Obama
 

 外国で暮らしていると,人を見る特殊な目がとくに養われるように思う。
 人を見る目といっても,別にその人の能力だとか,知性や性格とかを見極める目というのでなく,単に  『この人となら,話が出来る』  『この人は,私の話なんかには耳を貸してはくれないだろう』 という直感みたいなものだ。
 ただの相性といえばそれまでだし,べつに日本にいたって養われるものなのだが。
 私の場合とくに 『外国人や異文化に対して,どういう反応をしめす人なのか?』 ということに関して,かなり敏感になったと思う。 顔を見た瞬間,会った瞬間にそれがわかるような気がしてしまう。 ただ,顔写真だけではわからない。

 相性というのは性格とか体質の相性ばかりでなく,知性の相性のようなものがある。
 話を聴いているだけで気分良くなってくる人もいれば,話している顔や呼吸,表情を見ているだけでムカムカしてくるような人もいる。
 ペイリン氏のスピーチを聴いていると,私はなんだかムカムカしてくる。
 何故ムカムカしてくるのだか,うまく言葉に出来ないのだけど,彼女の言葉のほとんどが,Frankfurt 氏が述べるところの典型的な Bullshit だからだと思う。
 仮に立食パーティーなんかで同席する機会があったとしても,この人にはあんまり近寄りたくないな,という気がしてくる。 向こうも私など相手にしてはくれないだろうけど。

 ちなみに元ニューヨーク市長のルディー・ジュリアーニ氏も,私は大嫌いだ。 とくに理由はない。 テロがあった頃から何故だかあの人は嫌いだった。 あの独特な笑顔をみていると,なぜか背筋が寒くなる。



 女性ということで,すっかりクリントン氏からペイリン氏へと視線が映った感じだが,私はヒラリーさんがすごく好きだった。
  ヒラリーさんなら,私の話でも聴いてくれそうな気がするし,もしパーティーで同席する機会があったら,躊躇せずに近寄って行きたくなるような人だ。 この 人なら話がわかる,私の話にも耳を傾けてくれる,というような気がしてしまうのだ。 ただそれだけのことなのだが,今でもヒラリーさんが舞台から降りざる を得なかったことは残念に思っている。 
 

 マケイン氏が大統領,ペイリン氏が副大統領になったら,なんだかイヤだなあ,と本気で思ってしまう。 米国市民でもないのだから,こんなことを気に病んでもしょうがないのだが。
 ああ,いやだ,いやだ。