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2008年11月5日水曜日

辰吉氏の新しい生きがいは?

 子供から一番のお気に入りの玩具を取り上げるようで,ちょっと辰吉氏が可愛そうだけど,JBCのとった決断は正しいものだと思う。 辰吉氏も眼に 爆弾を抱えているし,全盛期にもずいぶんパンチをもらった方だ。 ちょっとロレツが回っていないあたりをみると,パンチドランカー症状も深刻なのではなか ろうか。

 辰吉 タイでの試合不可能なら引退も
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081103-00000082-sph-spo

 ただ,辰吉氏にとってはボクシングだけが唯一の生きがいなのだろうし,やるからには生涯現役でいたいのだと思う。
 でも,ひとつの競技に没頭した人というのはべつに辰吉氏に限らず他にいくらでもいる。 そういう一流選手なら誰もが直面する折り返し点に,辰吉氏も到達してしまったということなのではなかろうか。
 新しい生きがいをみつけなくてはならない時期が来たんではないかと思う。 たとえば息子の寿希也氏の育成に専念するとか。 チャベス氏みたいに。
 自分が見出した宝物を後続に伝えるというのは,宝物を掘り出すこと以上にやりがいのある作業だと思う。

 

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浪速のタイソンから浪速のデュランへ

 20年くらい前に辰吉丈一郎選手の試合を初めてみたときは,衝撃的だった。
 バッタバッタと相手をなぎ倒してゆく日本人選手が現れた,と 思い,興奮した。 当時日本チャンプだった岡部選手を倒した試合は凄かった。 ヘッドスリップしてからの長い左フックがチャンプの顔面をとらえたときは, テレビの前で立ち上がってしまった。 とにかくすごい選手が現れた,と思った。

 浪速のタイソンという雷名は,新聞のスポーツ欄の一角で知った。 中学時代は札付きの不良で,しかもケンカでは負けたことがなく,手を焼いた担任の教師がたまりかねて帝拳ジムへ連れていったという。 それだけで既に伝説的だった。
 当時,不良だとかツッパリといった風俗の終焉期だっただけに,辰吉という存在は同年代の元不良少年達にとって不世出のヒーローであったように思う。 ダウンしている相手に向かって 『起てや,コラ』 とでも言っているのか,グラブでもっておいでおいでのしぐさをするのが,たまらないくらい魅力的だった。

 辰吉氏をみていると, 『ボクシングが好きで好きでたまらない』 という様子が伝わってくる。 リングに立ちたい,生涯現役でいた い,試合をすることに意義がある,という気分が伝わってくる。 今回もそういう気持ちがタイでの試合にこぎつけたのだろう。 重量級ならともかく辰吉氏の ような軽量級選手がで38歳で復活というのは驚異的だ。  相手は決して強い選手ではないが,そんなことはべつに全然かまわない。 辰吉丈一郎は何よりも 自分の為に,ボクシングがやりたくてボクシングをしているのだろう。  観客やカネやベルトの為にボクシングをしているのではない・・・ と言えば,怒ら れるだろうが。

 石の拳と呼ばれたロベルト・デュランは50歳を超えるまで現役であり続けたという。 辰吉氏もデュランのように生涯現役でありたいと思っているの だろう。 誰の体でもない,辰吉氏自身の体なのだ。 失明しようがパンチドランカーになろうが,できるところまでボクシングをやり続ければいい思う。 そ れは至極幸せなことだ。

 

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